結論から言う:マレーシアの税制は「居住地課税」かつ「海外送金課税」への移行期にある
マレーシアは長らく「領土主義課税(テリトリアル課税)」を採用しており、国内源泉所得のみに課税し、海外で稼いだ所得は原則非課税という制度が移住者を惹きつけてきました。しかし2022年末に政府が方針を転換し、2023年1月1日以降にマレーシアへ送金される海外源泉所得が原則課税対象となりました(個人・法人とも)。
ただし、2024〜2025年時点で個人の海外所得への課税は実質的に限定的です。具体的には、租税条約締結国からの配当・利子・ロイヤルティ等に係る所得は免税措置が継続されており、また個人居住者が受け取る海外源泉の就労所得・事業所得についても、2024年現在は多くのケースで暫定的な免税扱いが続いています。この分野は制度改正が進行中のため、渡航・送金前に必ずマレーシアの税理士(Tax Agent)に個別確認することを強く推奨します。
マレーシアの個人所得税の基本構造
居住者・非居住者の区分
マレーシアの税務上の居住者(Tax Resident)は、原則として暦年ベースで182日以上マレーシアに滞在した個人です。MM2Hビザや就労パス保有者でも、滞在日数が182日を下回れば非居住者扱いとなり、税率が大きく変わります。
| 区分 | 税率 |
|---|---|
| 居住者 | 累進課税 0〜30%(年収 RM 5,000 以下は0%、RM 2,000,000 超は30%) |
| 非居住者 | 一律 30%(雇用所得)または源泉徴収税率 |
2024年の個人所得税 累進税率表
| 課税所得(RM) | 税率 |
|---|---|
| 0〜5,000 | 0% |
| 5,001〜20,000 | 1% |
| 20,001〜35,000 | 3% |
| 35,001〜50,000 | 6% |
| 50,001〜70,000 | 11% |
| 70,001〜100,000 | 19% |
| 100,001〜400,000 | 25% |
| 400,001〜600,000 | 26% |
| 600,001〜2,000,000 | 28% |
| 2,000,001 超 | 30% |
出典:マレーシア内国税務局(LHDN)2024年課税年度
海外所得(日本の給与・配当・事業収入)の扱い
2023年改正の背景
2022年以前は、マレーシアに送金される海外源泉所得は全額非課税(Schedule 6, Paragraph 28 による免税)でした。2022年12月31日をもってこの免税規定が廃止され、2023年1月1日以降に受け取る海外源泉所得は原則課税となりました。
現行(2024〜2025年)の実務的な取り扱い
政府は2023〜2024年にかけて、混乱を避けるため以下の暫定措置を設けています。
免税が継続されているケース(2024年時点):
- マレーシアが租税条約を締結している国(日本を含む55カ国以上)からの配当・利子・ロイヤルティ
- 個人居住者が受け取る、マレーシア国外で提供したサービスの報酬(条件付き)
- 海外の年金・退職給付金(後述)
課税される可能性があるケース:
- マレーシアに送金される、租税条約の適用外となる事業所得の一部
- 非条約国からの所得
⚠️ 注意: マレーシアのLHDN(内国税務局)は2024年以降もガイドラインを随時更新しています。個別の所得区分による判断は、マレーシアの認定Tax Agentへの相談が不可欠です。本記事は2024年11月時点の公開情報をもとにしており、最新の税務判断には使用できません。
日本との二重課税防止条約
日本とマレーシアは1970年代から二重課税防止条約(DTA)を締結しており、現行条約は1999年に改正されたものが適用されています。この条約により、同一所得に対する日本・マレーシア両国での二重課税は原則として防止されます。
重要なポイント:
- 日本で源泉徴収された税金は、マレーシアで外国税額控除として利用できる場合がある
- ただし、日本の「非居住者」扱いになった場合の課税関係は別途確認が必要
- 日本の住民票を抜かないと、日本でも課税対象となる可能性がある
年金・退職金の税務上の扱い
日本の公的年金(国民年金・厚生年金)
マレーシア在住の日本人が受け取る日本の公的年金は、日本国内での源泉徴収(20.42%の非居住者課税)が適用されます。これを避けるには、「租税条約に関する届出書」を日本の年金機構・税務署に提出し、DTA に基づく免税を申請する方法があります。
| 手続き | 機関 | 書類名 |
|---|---|---|
| 非課税申請 | 日本年金機構・所轄税務署 | 租税条約に関する届出書(様式8) |
| マレーシアでの申告 | LHDN | Form BE(居住者個人) |
マレーシア国内では、海外からの年金所得は2024年時点で免税措置の対象となるケースが多いですが、LHDNの最新ガイダンスを確認してください。
企業年金・退職一時金
日本企業からの退職金・企業年金については、支払い時期・方法によって課税関係が変わります。マレーシアに移住した後に受け取る退職一時金は、受取時のマレーシア居住ステータスと、日本での課税処理(源泉徴収の有無)を整理した上で判断する必要があります。
⚠️ 退職金の税務処理は、日本とマレーシア双方の税理士・弁護士に事前相談することを強く推奨します。
キャピタルゲイン税(資産売却益)の扱い
マレーシア国内不動産:RPGT(不動産利益税)
マレーシアでは株式等の金融資産に対するキャピタルゲイン税は原則として存在しないのが大きな特徴です(2024年時点)。一方、不動産売却益にはRPGT(Real Property Gains Tax)が課されます。
外国人・非永住者の RPGT 税率(2024年):
| 保有期間 | 税率 |
|---|---|
| 3年以内 | 30% |
| 4年目 | 20% |
| 5年目 | 15% |
| 6年目以降 | 10% |
マレーシア市民・永住者の場合は5年超で0%ですが、外国人(MM2Hホルダー含む)は最低10%が課されます。
株式・投資信託・仮想通貨
2024年時点のマレーシアでは、個人が行う上場株式・ETF・仮想通貨等の売却益には原則としてキャピタルゲイン税が課されません。これは依然として日本と比較した場合の大きな税制上のメリットです(日本では申告分離課税20.315%)。
ただし以下の点に注意が必要です:
- 日本の証券会社口座を維持している場合、日本の非居住者税制の適用を受ける
- マレーシアに送金した資金で投資する場合は、元本の源泉が海外所得であれば2023年以降の規制対象になる可能性がある
- マレーシア政府は2024年予算でCapital Gains Tax(CGT)の新規導入を一部発表しており、非上場株式の売却益に対し2024年3月1日以降10%(外国人は非居住者扱いの場合10%)が課される制度変更が行われました
⚠️ 2024年3月以降、マレーシア非上場株式(Unlisted Shares)の売却益には新たにCGTが導入されています。上場株式は引き続き対象外ですが、制度は発展途上であり、最新の LHDN 公告を確認してください。
MM2H・DE Rantau・EPビザと税制の関係
MM2H(Malaysia My Second Home)
2021年の制度大幅改正を経て、現在はSilver・Gold・Platinumの3ティアで運営されています(2024年現行)。
| ティア | 最低月収証明 | 固定預金(FD)額 | 年間マレーシア滞在義務 |
|---|---|---|---|
| Silver | RM 40,000/月 | RM 500,000 | 60日以上/年 |
| Gold | RM 40,000/月 | RM 2,000,000 | 60日以上/年 |
| Platinum | RM 75,000/月 | RM 5,000,000 | 60日以上/年 |
出典:マレーシア観光芸術文化省(MOTAC)2024年
税制との関係: MM2Hビザ自体に税務上の特別免除はありません。税務上の居住者になるかどうかは、あくまで年間182日以上の滞在日数で決まります。MM2Hで入国しても滞在が182日未満であれば、マレーシアの税務上は非居住者です。
DE Rantau(デジタルノマドビザ)
DE Rantauは、マレーシア国外のクライアントや雇用主から報酬を受け取るデジタルワーカー向けの就労パスです(2022年10月開始)。
主要要件(2024年):
- 最低月収:USD 24,000/年(約 USD 2,000/月)
- 申請費:RM 1,060(本人)、RM 560(同伴家族1名ごと)
- 有効期間:12カ月(最大1回更新、計24カ月)
税制上の重要点: DE Rantauホルダーが182日以上マレーシアに滞在してマレーシア税務居住者となった場合、海外クライアントからの所得に対するマレーシア課税が問題になります。2024年時点では多くのデジタルワーカーは暫定的免除の対象とされていますが、2025年以降の扱いは未確定です。
EP(Employment Pass)
EP(就労パス)は、マレーシア国内企業に雇用される外国人向けの就労許可証です。EPホルダーの場合、マレーシア国内源泉の給与所得は通常の個人所得税(累進課税)が適用されます。
| 区分 | 最低月給(2024年) | 有効期間 |
|---|---|---|
| EP Category I | RM 10,000 | 最大5年 |
| EP Category II | RM 5,000〜9,999 | 最大2年 |
| EP Category III | RM 3,000〜4,999 | 最大1年 |
実務的な税務準備:移住前後のチェックリスト
移住前(日本側の手続き)
- [ ] 住民票の異動: 海外転出届を提出し、日本の住民税の課税を止める(転出翌年から非課税)
- [ ] 国民健康保険・国民年金: 海外転出後の任意継続・任意加入の要否を確認
- [ ] 日本の銀行口座: 非居住者口座への切り替え、または解約の要否を金融機関に確認
- [ ] 証券口座: 非居住者になると日本の証券会社の多くが口座維持を制限する。事前に確認・整理
- [ ] 所得税の確定申告: 出国年の年度末(または出国前)に準確定申告または確定申告が必要な場合がある
移住後(マレーシア側の手続き)
- [ ] TIN(税務識別番号)取得: マレーシアで収入を得る場合、LHDNへのTIN登録が必要
- [ ] マレーシア銀行口座開設: 固定預金(MM2H要件)と生活口座を分けて管理
- [ ] Tax Agent(税務代理人)の選定: マレーシアの認定Tax Agentを早期に確保
- [ ] 送金記録の管理: 日本からマレーシアへの送金は全て記録を保持(送金目的・金額・日付)
- [ ] 確定申告(Form BE): マレーシア居住者の場合、毎年4月30日が申告期限
まとめ:マレーシアは依然として税制面でメリットがある、ただし「移行期」を理解して動く
マレーシアの税制は、日本と比較すると以下の点で依然として優位性があります:
| 項目 | マレーシア(2024年) | 日本(参考) |
|---|---|---|
| 上場株式キャピタルゲイン | 非課税 | 20.315% |
| 最高所得税率 | 30%(RM 2,000,000超) | 45%(住民税含む55%) |
| 海外配当(条約国) | 免税措置あり | 総合・分離課税 |
| 不動産売却益(6年超) | 10%(外国人) | 20.315%(長期) |
| 相続税・贈与税 | なし | 最大55% |
一方で、2023年以降の海外送金課税の導入により、「マレーシアに住んでいれば日本の所得は完全非課税」という時代は終わりつつあります。制度はまだ発展途上で、暫定措置や更新が頻繁に行われているため、移住計画の段階から日本・マレーシア双方の税務専門家を関与させることが、リスク回避の最善策です。
⚠️ 免責事項: 本記事は2024年11月時点の公開情報をもとに執筆した一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・法律アドバイスではありません。マレーシアの税制は現在も改正が進行中です。実際の申告・移住計画に際しては、マレーシアの認定Tax Agent(税務代理人)および日本の税理士・弁護士に必ず個別相談のうえ、最終判断を行ってください。
マレーシア移住の税制に関して、ご自身のケース(年金受給者・デジタルノマド・法人オーナーなど)への当てはめ方が分からない場合は、KL拠点のエージェント Bangga にご相談ください。現地の税務専門家ネットワークと連携し、移住計画全体をサポートいたします。
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